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東京高等裁判所 昭和39年(行コ)13号 判決 1965年9月10日

埼玉県川越市宮下町二丁目四番地

控訴人

岸野博子

右訴訟代理人弁護士

繩稚登

同市三光町三六番地の一

被訴訟人

川越税務署長

船山忠一郎

東京都千代田区内幸町一丁目二番地

被訴訟人

関東信越国税局長

広瀬駿一

右両名指定代理人

山田二郎

中田一男

篠義一

大室正平

川越税務署長指定代理人

石塚重夫

右当事者間の所得税賦課決定等取消請求控訴事件について、次のとおり判決する。

主文

控訴人の被控訴人らに対する控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人代理人は、「原判決を取消す。被控訴人川越税務署長が控訴人に対し昭和三七年九月一五日なした控訴人の昭和三五年度分所得税及び資産再評価税の各賦課決定をいずれも取消す。被控訴人関東信越国税局長が控訴人に対し昭和三八年四月九日なした控訴人の昭和三五年分所得税及び資産再評価税に関する審査請求を棄却するとの各決定をいずれも取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二  控訴人の主張の要旨は、控訴人代理人が次のように述べた外は、原判決の事実に記載するとおりであるから、これを引用する。

1  控訴人は、本件不動産の所有権を取得したことがなく、登記簿上形式的に相続による所有名義人になつたものに過ぎないことは、原判決の事実第二の三に記載するとおりである。従つて、また、控訴人は、訴外榎本マサ及び同榎本政雄に対し本件不動産を贈与したことがなく、原判決の事実第二の三の(一)及び(二)に記載するような控訴人の生家の家庭の事情と亡父の遺産の帰属に関する控訴人の意図から、登記簿上形式的に同訴外人らにこれを贈与したものとしたに過ぎない。本件不動産の所有権は、実質上は、訴外亡榎本新吉から訴外榎本マサ及び同榎本政雄に直接移転されたのであつて、単に登記簿上のみ、控訴人を経て両者間に移転されたことになつているに過ぎない。

仮に控訴人が訴外榎本マサ及び同榎本政雄に本件不動産を贈与したとしても、右贈与は、前記事情と意図から、右訴外人らと通じてした仮装行為であるから、無効である。従つて、控訴人に、本件不動産の譲渡による所得はないのであるから、所得税及び資産再評価税を賦課されるいわれがない。

2  審査決定に附記すべき理由には、審査請求人の不服申立の事由に対応してその結論に到達した過程を明らかにしなければならない。しかるに、本件所得税賦課決定に対する審査決定書には、その理由として、「故榎本新吉氏から相続されたあなたと榎本志満殿との下記共有不動産(本件不動産)を昭和三五年二月二九日、榎本マサ及び榎本政雄両氏に贈与されたことによつて、贈与者であるあなたに譲渡所得税を決定した原処分は所得税法第五条の二第一項の規定により正当と認めます。」と、附記したのみであり、本件資産再評価税賦課決定に対する審査決定書には、その理由として、「あなたが、榎本マサ、榎本政雄両氏に贈与(みなす譲渡)された不動産に対し、資産再評価法第八条および第九条の規定を適用して再評価し、再評価差額に再評価税を決定した原処分は正当と認めます。」と、附記したのみであるから、理由の附記として、きわめて簡単であり、不充分であつて、理由を附記したことにならない。理由の附記のない本件各審査決定はいずれも違法であつて、取消さるべきである。

三  被控訴人らの主張は、被控訴人ら代理人が次のように述べた外は、原判決の事実に記載するとおりであるから(但し、原判決の事実第三の二に「資産再評価法第四条の二、第九条第一項」とあるのは、「資産再評価法第四条の二、第九条」の誤記と認める。)、これを引用する。

1  二の1に記載する控訴人の主張事実は否認する。

2  本件所得税賦課決定及び資産再評価税賦課決定に対する各審査決定書に控訴人主張のような理由が附記されていることは認める。しかし、本件所得税賦課決定及び資産再評価税賦課決定に対する不服申立の事由は、要するに、「本件不動産について、控訴人は完全な無償譲渡をしたのであつて、この譲渡に当たり、金銭物品その他いかなる財物も収受していないから、所得税及び資産再評価税の課税を受けるいわれがない。」と、いうに尽きていたのであるから、本件所得税賦課決定に対する審査決定の理由の附記が充分であることはもちろん、本件資産再評価税賦課決定に対する審査決定の理由の附記も、資産再評価税は贈与があつたと認められる場合には法律に基づいて当然課税されるものである以上、不充分とはいえない。従つて、本件各審査決定には違法はない。

四  控訴代理人は、立証として、甲第一号証の一、二、第二、第三号証、第四号証の一、二、第五ないし第八号証及び第九号証の一ないし四を提出し、被控訴人ら代理人は甲号各証の成立はすべて認めると述べた。

理由

一  被控訴人川越税務署長に対する請求について

当裁判所は、理由として次の点を附加する外は、原判決と同一の理由により、控訴人の被控訴人川越税務署長に対する請求は失当として棄却すべきものと判断したので、原判決の理由を引用する。

控訴人は、当審において、訴外榎本マサ及び同榎本政雄に本件不動産を贈与したことがないと主張する。しかし、控訴人が訴外榎本志満と共同して、訴外亡父榎本新吉から本件不動産を相続し、その所有権を取得するにいたつたもので、単に登記簿上形式的に所有名義を得たものでないことは、当裁判所が引用する原判決の理由において認定するとおりであり、本件不動産のうち原判決添付別紙物件目録(一)記載の不動産につき昭和三五年二月二九日控訴人から訴外榎本マサに、本件不動産のうち同目録(二)記載の不動産につき同日控訴人から訴外榎本政雄に、いずれも贈与による所有権移転の登記手続がなされていることは当事者に争がない。以上の事実に成立に争のない甲第六ないし第八号証及び第九号証の一ないし四を総合すると、控訴人は、訴外榎本志満と共に、昭和三五年二月九日、その共有にかかる本件不動産のうち右目録(一)記載の不動産を訴外榎本マサに、本件不動産のうち右目録(二)記載の不動産を訴外榎本政雄に贈与し、その旨の登記手続を経たことが認められるのであつて、この認定に反する証拠はない。更に、控訴人は、右贈与は通謀による仮装行為であると主張するのであるが、(これをもつて被控訴人らに対抗することができるか否かの点はともかく)、右事実を認めるに足りるなんらの証拠もない。控訴人が主張するような控訴人らの生家の家庭の事情と訴外亡父榎本新吉の遺産の帰属に関する控訴人らの意図は、右贈与の存在を肯定すべき事由とはなつても、これを否定すべき事由とはならないし、また、右贈与が通謀による仮装行為であることを否定すべき事由とはなつても、これを肯定すべき事由とはならない。控訴人の主張は採用することができない。

以上のとおりであるから、控訴人の被控訴人川越税務署長に対する請求を棄却した原判決は相当であつて、これに対する控訴人の控訴は理由がないから、棄却すべきである。

二  被控訴人関東信越国税局長に対する請求について

控訴人は、当審において、被控訴人関東信越国税局長がした本件各審査決定は、その理由の附記が不充分であるから、違法として取消さるべきであると主張する。

成立に争のない甲第三号証(審査請求書)を通読すると、控訴人の本件審査請求における不服申立の事由は、要するに、「控訴人、訴外榎本馬吉及ひ同榎本志満は訴外亡榎本新吉の子として、その遺産相続人であるが、新吉家(控訴人の生家)は長男馬吉が別居中のため、その家政は、訴外榎本マサ(馬吉の妻)が担当し、その家事継承者は実質上マサ及び訴外榎本政雄(馬吉とマサの壻養子)であつたので、関係者が協議の結果、新吉家の財産の散逸を防ぎ、その存続を図るため、新吉の遺産である本件不動産は新吉からマサ及び政雄に贈与することにしたが、ただ登記手続上は、他に方法がないので、やむなく、新吉の遺産相続人である控訴人及び志満(馬吉は家事調停の結果本件不動産の相続権を失つた。)が本件不動産を一たん相続した後、直ちにマサ及び政雄に贈与することにしたのである。すなわち、控訴人及び志満は実質上本件不動産をマサ及び政雄に譲渡したことがなく、仮に譲渡したと認められるとしても、無償譲渡であつて、なんら所得がなかつたのであるから、譲渡所得税及び資産再評価税の賦課を受けるいわれがない。」というにあると認められる。そして、本件各審査決定書に控訴人主張のような内容の理由が附記されていることは当事者間に争がなく、これらの理由の附記を控訴人の本件審査請求における不服申立の事由に対照すれば、被控訴人関東信越国税局長は、本件審査請求を棄却する理由として、「控訴人及び訴外榎本志満が訴外亡父榎本新吉から本件不動産を共同相続し、同人らの共有に帰した本件不動産を更に訴外榎本マサ及び同榎本政雄に贈与した事実を認定し、右贈与の場合には、所得税法第五条の二第一項の規定により、贈与の時において、その時の価格により本件不動産の譲渡があつたものとみなされ、また、資産再評価法第八条及び第九条の規定により、同法のいわゆる基準日現在において、本件不動産につき資産の再評価が行われたものとみなされる故に、本件不動産の贈与者である控訴人に譲渡所得税及び資産再評価税を賦課した被控訴人川越税務署長の原処分を正当と認めた」との趣旨を明らかにしているものと解されるから、必ずしも本件各審査決定の理由の附記が原処分を取消さなければならないほど不充分であるとすることはできない。従つて、理由の附記に不備があることを理由に本件各審査決定を違法として取消されるべきものとする控訴人の主張は採用することができない。

控訴人は、原審においては、本件各審査決定取消請求の理由として、右決定の手続上の違法その他決定固有の違法を主張しないで、右決定が違法な原処分である被控訴人川越税務署長がした本件所得税及び資産再評価税の各賦課決定を認容したから取消を免れないとして、結局原処分の違法のみを主張したので、原判決は、行政事件訴訟法第一〇条第二項の規定により、原処分の違法を理由として審査決定の取消を求めることは許されないとして、控訴人の本件各審査決定取消の請求について、訴を却下したのである。しかるところ、控訴人は、当審にいたり、本件各審査決定固有の違法として、理由附記の不備を主張したのであるが、その理由のないことは前記のとおりであるから、控訴人の被控訴人関東信越国税局長に対する請求は失当として棄却すべきである。しかし、控訴人にとつて訴却下の判決は請求棄却の判決より利益であるから、上訴審における不利益変更の禁止により、原判決を取消して請求棄却の判定をすることができず、単に控訴人の被控訴人関東信越国税局長に対する控訴を棄却すべきである。

三  よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 菊池庚子三 裁判官 吉田豊 裁判官 柏原允)

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